なぜ音階はCから始まるのか。草稿


 

なぜ音階はCから始まるのか?

Neralt / Music Theory Workshop Japan

Neralt (ネラルト)

伝説的なリズムマシーンTR909およびシンセDX7が誕生した地であるSHIZUOKA CITYに生まれる。10代よりビッグバンドにてピアニストとして活動、上京後もジャズクラブなどでセッションに興じる。00年代後半よりクラブシーンに接近し、西麻布の伝説のクラブYellowにてライブテクノバンドNEXTの一員としてメインステージを飾る。また自身のサロンイベント”Salon de nude”を企画。クラブシーンとミュージシャンのクロスオーバーを図る。2013年にはアイドルいずこねこのワンマンライブのバックバンドでキーボーディストに務める。(DVD: 2nd one-man LIVE 「猫と煙と赤いカーテン」in 東京キネマ倶楽部<限定盤>収録)また、プレイヤーとしての活動の傍ら、1990年代より20年に渡り音楽理論/演奏理論について研究している。2014年 4月 初の著書”RHYTHM AND FINGER DRUMMING”を刊行。BCCKS、TOKYO FUTURE MUSICの音楽理論書籍部門で販売実績1位。2014年11月に「古典的な音楽理論を現代の音楽家に提供する」をコンセプトに音楽理論書籍”Traditional Music Theory For Contemporary Musicians”を刊行予定。

 

Twitter: @musictheorynera

Site: Neralt.com

Email:MusicTheoryNeralt@gmail.com

 

 

 

1      英WIKI

http://en.wikipedia.org/wiki/Note

 

Music notation systems have used letters of the alphabet for centuries.

私たちは音楽を記述するために何世紀もの間「アルファベット」を使ってきました。

 

The 6th century philosopher Boethius is known to have used the first fourteen letters of the classical Latin alphabet,

6世紀古代ローマの哲学者ボエティウス[1]は、古典ラテン語の冒頭から14文字を使った人物として知られています。彼は以下の音を使いました。

 

A-B-C-D-E-F-G-H-I-K-L-M-N-O (the letter J didn’t exist until the 16th century)

(古典ラテン語には「J」は存在していませんでした。16世紀になってやっと「J」が使われます。)

 

to signify the notes of the two-octave range that was in use at the time,[6] and which in modern scientific pitch notation is represented as

これらの文字は、2オクターブの音を表すために使われました。当時は2オクターブの音だけが使われていました。これらの音を現代的な記述方式で表すと以下のようになります。

 

A2-B2-C3-D3-E3-F3-G3-A3-B3-C4-D4-E4-F4-G4.

 

Though it is not known whether this was his devising or common usage at the time,

文字によって音を表すこの方法が、ポエティウスが考案したものなのか、それともこの時代で一般的な使用方法だったのかは分かりませんが,

 

this is nonetheless called Boethian notation.

どちらにせよ現在この方式はボエティウス方式と呼ばれています。

 

Although Boethius is the first author which is known to have used this nomenclature in the literature,

学術的にはボエティウスの名前がこの方式に付けられていますが、

 

the above-mentioned two-octave range was already known five centuries before by Ptolemy,

前述の2オクターブの音階は既に、5世紀前のアレクサンドリアの数学者・天文学者であるプトレマイオスによって知られていました。

 

who called it the “perfect system” or “complete system”,

彼はこれを「パーフェクトシステム[i]」もしくは「コンプリートシステム」と呼びました。

 

as opposed to other systems of notes of smaller range, which did not contain all the possible species of octave (i.e., the seven octaves starting from A, B, C, D, E, F, and G).

これは他のより狭い範囲のシステム(訳者注:おそらくオクターブに届かない7音のグループのシステムを指している) と異なっていました。

Following this, the range (or compass) of used notes was extended to three octaves, and the system of repeating letters A-G in each octave was introduced, these being written as lower case for the second octave (a-g) and double lowercase letters for the third (aa-gg).

その後、音階の範囲は3オクターブに拡大され、A-Gを繰り返すシステムが導入されました。最初のオクターブは大文字で(A-G)、次のオクターブは小文字で(a-g)、3つめのオクターブは重ねた小文字(aa-gg)で記述されました。

 

When the range was extended down by one note, to a G, that note was denoted using the Greek G (Γ), gamma.

さらに音階の範囲が最下に一音追加され、この音はギリシャ文字のGであるガンマ(Γ)が追加されました。

 

(It is from this that the French word for scale, gamme is derived, and the English wordgamut, from “Gamma-Ut”, the lowest note in Medieval music notation.)

ここからフランス語でスケールを意味する「gamme」が生まれ、英語の「gamut」(全音域、全範囲)が、中世の楽音の最下音であるガンマ-ウトから生まれました。[訳者注:これは中世の話で古代ギリシャではない]

 

The remaining five notes of the chromatic scale (the black keys on a piano keyboard) were added gradually; the first being B♭, since B was flattened in certain modes to avoid the dissonant tritone interval.

残りの半音階である5音(ピアノ黒鍵です)は徐々に足されていきました。最初はBbが追加されました。Bが特定の旋法において不協和(増4度音程)が生じることを避けるためです。

 

This change was not always shown in notation, but when written, B♭ (B-flat) was written as a Latin, round “b”, and B♮ (B-natural) a Gothic or “hard-edged” b.

この変化は常に記述されたわけではありませんでしたが、もし現れた場合にはBbは丸いb、そしてB♮はゴシック体(筆者注:ドイツ字体?) 固いbと書かれました。

 

These evolved into the modern flat (♭) and natural (♮) symbols respectively.

これらはそれぞれ発展し、現在のflat (♭) と natural (♮) となりました。

 

The sharp symbol arose from a barred b, called the “cancelled b”.

♯記号はキャンセルされたbと呼ばれ、取り消し線を引いたbから生まれました。

 

In parts of Europe, including Germany, the Czech RepublicSlovakiaPolandHungaryNorwayDenmarkSerbiaCroatiaFinlandIceland and Sweden, the Gothic b transformed into the letter H (possibly for hart, German for hard, or just because the Gothic b resembled an H).

ヨーロッパの一部(ドイツ、チェコ共和国、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、ノルウェイ、デンマーク、セルビア、クロアチア、フィンランド、アイスランド、スウェーデン)では、ゴシック体はHになりました。(これは正確にはわかりませんが、hardのHかもしれませんし、もしかしたらゴシック体のbがHに似ているからかもしれません。)

 

Therefore, in German music notation, H is used in lieu of B♮ (B-natural), and B in lieu of B♭ (B-flat).

そういうわけで、ドイツの記譜法ではHがB♮ の代わりに、そしてBがBbの代わりに使用されています。

 

Occasionally, music written in German for international use will use H for B-natural and Bb for B-flat (with a modern-script lowercase b instead of a flat sign).

時にはドイツでも国際的な用途のためにHがBナチュラルのために、そしてBbが使われます。(♭記号の代わりに小文字のbが使われます。)

以下途中。

Since a Bes or B♭ in Northern Europe (i.e. a B elsewhere) is both rare and unorthodox (more likely to be expressed as Heses), it is generally clear what this notation means.

 

In Italian, Portuguese, Spanish, French, Romanian, Greek, Russian, Mongolian, Flemish, Persian, Arabic, Hebrew, Bulgarian and Turkish notation the notes of scales are given in terms of Do-Re-Mi-Fa-Sol-La-Si rather than C-D-E-F-G-A-B. These names follow the original names reputedly given by Guido d’Arezzo, who had taken them from the first syllables of the first six musical phrases of a Gregorian Chant melody Ut queant laxis, which began on the appropriate scale degrees. These became the basis of the solfege system. “Do” later replaced the original “Ut” for ease of singing (most likely from the beginning of Dominus, Lord), though “Ut” is still used in some places. “Si” or “Ti” was added as the seventh degree (from Sancte Johannes, St. John, to whom the hymn is dedicated). The use of ‘Si’ versus ‘Ti’ varies regionally.

The two notation systems most commonly used nowadays are the Helmholtz pitch notation system and the Scientific pitch notation system. As shown in the table above, they both include several octaves, each starting from C rather than A. The reason is that the most commonly used scale in Western music is themajor scale, and the sequence C-D-E-F-G-A-B (the C-major scale) is the simplest example of a major scale. Indeed, it is the only major scale which can be obtained using natural notes (the white keys on the piano keyboard), and typically the first musical scale taught in music schools.

In a newly developed system, primarily in use in the United States, notes of scales become independent to the music notation. In this system the natural symbols C-D-E-F-G-A-B refer to the absolute notes, while the names Do-Re-Mi-Fa-So-La-Ti are relativized and show only the relationship between pitches, where Do is the name of the base pitch of the scale, Re is the name of the second pitch, etc. The idea of so-called movable-do, originally suggested by John Curwen in the 19th century, was fully developed and involved into a whole educational system by Zoltán Kodály in the middle of the 20th century, which system is known as the Kodály Method or Kodály Concept.

 

 

2      音楽史《上》/K.H.ウェルナー

[K.H.ウェルナー]pp.53

文化上でギリシャに強く依存していたローマは、音楽史上でも独自の聖歌を何一つ残さなかった。[…]ローマ音楽の楽譜資料は一つも残っていない。理論面では、オクターブを形成するために、ローマ人たちは2つのテトラコードを上から順に並列する方法を採用していた。要するにローマの音楽を全般的にみるとき、次のことがらを確認しておくことが重要である。楽譜資料や有用な文献上の証拠がないために、ローマの音楽や音楽の状況に関する学事な像を描きあげることはできない。しかも、資料に従って忠実に判断しなければならないほどの、注目すべき創作上の発展はなかったものと考えられている。

 

[K.H.ウェルナー]pp.35

1.東洋系発祥:ギリシャの音楽や音楽観はその源を東洋に発するものであり[筆者注:ここでいう東洋とは小アジア、イスラム、インド、中国などを指すと思われる]、すなわち東洋の音楽や音楽観がギリシャ人の手を経て、精密な理論として明確に体系づけられ、これが現在に伝わってきたのである。したがって、ギリシャの音楽は東洋と西洋両文化の間に立って、これらを仲介する役割を果たしたのであり、事実ギリシャ音楽中の多くの特徴を東洋に求めることは可能である。たとえば、エートス論(中国とエジプト)、普遍的体系を持つ音組織(中国、エジプト、バビロニア)、音階の構成法(バビロニア、ヘブライ)、楽器(ヘティター、エジプト)などに上の事実があきらかにされている。

2.特有生:ギリシャの全文化に対して音楽がもっとも強く影響していたことには相違はないが、この音楽は詩や舞踏芸術と結びついてのみ存立しうるものであり、たとえ独立の器楽曲があったとしてもその数はきわめて少なく、しかもそれらは独奏に限られていた。また、和声的な多声音楽こそ存在しなかったが、純粋の単旋律音楽は巧妙なリズム構造に支えられて、まったく完成段階に達していたし、声楽においては、おそらく東洋風の鼻声発声法が用いられ、しかも[筆者注:現在の]西洋人の耳には判別できないような微妙な音の高低が区別づけられていたものと考えられる。

3.楽譜:ごくわずかの現存楽譜資料は今日すでに解読されているが、これをもとにして音楽をふたたびありのままに再生することは不可能な状態にある。というのも、ギリシャの音楽は、音を伴わずしてはなんらの意味ももちえない種類の音楽であり、したがって、西洋音楽のごとく楽譜に依存するわけにはゆかなかったのである。また、ギリシャの楽譜がはじめてできたのはギリシャ古典時代以後のことであり、それはちょうど、「ムシケ」における言葉と音楽の不可分性がくずれ去る時期と一致していた。このときにあたって楽譜はその崩壊を防ぎ、演奏上の伝統を保存することに役だったのである。[…続きを書きたい]

 

3      引用文献

K.H.ウェルナー. 音楽史【上】 (第 第3版 版). 全音楽譜出版社.

慶應義塾図書館デジタルギャラリー. (日付不明). 慶應義塾図書館デジタルギャラリー. 参照先: http://project.lib.keio.ac.jp/dg_kul/index.html

[1]

[K.H.ウェルナー]pp.53

また、古代音楽の実情がまったく消え去ってしまった時期にありながら、なおかつ古代音楽に関する最初の貴重な理論を著した偉大な理論家がボエティウスである。しかし、ボエティウスの理論書の中には古代に対する虚偽や誤解(たとえば、音階、オクターブ属や移調音階など)がすでにあらわれていたのである。ちなみに中世の理論もすべてこのボエティウスの著書に従っていたのである。

http://project.lib.keio.ac.jp/dg_kul/incunabula_detail.php?id=028

(ボエティウス著作の画像あり/ [慶應義塾図書館デジタルギャラリー])

中世の大学では学問を「クアドリビウム(4科)」と、文法・論理・修辞から成る「トリビウム(3科)」の自由七科に分類した。「クアドリビウム」すなわち、数学(数そのもの)、幾何学(空間の数)、音楽(時間の数)、天文学(空間と時間の数)は、数を万物の根本原理としたギリシャの哲学者ピタゴラスによる数学の分類に基づく。本書は、ローマの哲学者アニキウス・マンリウス・トルキアトゥス・セベリヌス・ボエティウス(c. 480-524)が著した「クアドリビウム」を初めて印刷したものである。

ボエティウスは、「ギリシャ語を解する最後のローマ人」と称され、この『著作集』には、彼がギリシャ語の作品をラテン語に翻訳して注釈を加えたものが多く含まれている。第1部に当たる「数学、幾何学、及び音楽」は彼の最初期の作品で6世紀初頭に書かれている。音楽理論は彼による創作とされ、その音楽理論研究は西洋音楽の基礎となり、中世を通して音楽理論の最高権威として認められた。その後、多面的な音楽が興るにつれて彼の音楽理論が次第に注目されなくなり音楽家の訓練に適さないとされたことがあった。しかし、中世における大学の勃興と共に、彼の著作は大学での自由七科の一つとして研究される音楽の基本書となり、学術研究上重要な文献となった。そうした理論が初めて印刷されたことは極めて重要である。

本書は、1492年8月18日印刷の第1部と1491年3月26日印刷の第2部から構成される。第2部はボエティウスによるアリストテレスの著作のラテン語訳と解釈書などの作品集で、中世におけるアリストテレス派の唯一の源泉となった。慶應本は第1部「ボエティウスの数学、幾何学、及び音楽」のみが製本されたものである。各ページの大文字部分にガイドレターはあるものの空白のままである。ゴシック体活字が付された木版の図像や表が数多くあり、音楽のページでは、「音」を鼓動と拍動の速さの違いを量的な数で表し、それを木製図版にしていることは高度な印刷技術を要したと考えられる。折丁Aの記号が丁寧に消されていて代わりに新たな丁付けが各ページの右上または左上になされている点は注目に値し、今後の研究が待たれる。第1部、第2部が合本されたものがある中で、慶應本の様に分けて出版されたものが相当数あり、もともと分冊で出版されていたという見方もある。

[i] (K.H.ウェルナー)pp.39を確認せよ。

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