何故スケールはCから始まるのか?


いくつかコメントをいただきましたので、追記させていただきます。

  • 「古代ギリシャの音楽はほとんど何もわかっていません」これは、明確な誤りですねえ。
  • 誤りではありません。ほとんど、がどの程度なのかという問題はありますが。この記事を見てください。http://m.bbc.com/news/business-24611454 2013年に古代ギリシャの音楽を再現しようとした記事です。少なくとも2013年に古代ギリシャの音楽を再現しようと試みるほどには、ギリシャの音楽のことはわかっていません。もし私たちが一般に古代ギリシャの音楽のことをわかっている、といえるとすれば、21世紀になって新しいかつ数少ない資料を元に再構成を試みるでしょうか?もちろん歴史の教科書には古代ギリシャについて書かれたページが用意されています。しかし、そこに書かれていることはほとんど、後世の人が考察した内容ですし、実際の楽譜などはほとんど残っていないか、正確に解読する方法がありません。当然のように歴史の教科書に書かれている内容が、実際どういった性質のものなのか、自分自身で見極めなくてはならないと思います。例えば日本でしか流通していないドミナントモーションという用語は誰が一体使い始めたんでしょうか?例えば倍音を元に和音を説明するやり方はどの時代に生まれたのでしょうか?結局全ては正しいかどうかではなくて、文脈です。どの文脈で生まれ、そして組み込まれたのかを知ることは大切だと思います。

 

  • (質問) Aを定義された由来について書いてあるけど、現代の音楽教育で最初にト長調を教わるようになった経緯がないとタイトルの説明にならないのでは
  • (回答) 現代音楽教育ではハ長調から教えます。そしてそれは黒鍵を使わずに表せる簡単な長調だからです。長調は17世紀移行に音楽の中心的な調性となりました。

 

  • (質問) 何でもドリアンに変換するパットマルティーノのマイナーコンバージョンのある意味起源かも。/“10世紀の賛美歌(グレゴリオ聖歌)で使われていた人気のスタイルは、Dから始まってDで終わるものでいわゆるドリア旋法
  • (回答) パットマルティーノのマイナーコンバージョンとは根本的に考え方が異なります。グレゴリオ聖歌において旋法は曲全体を支配している要素であり、マイナーコンバージョンはコードシンボルの捉え直しの技法だからです。

 

  • (質問) 確かに、赤ちゃんの鳴き声はAsとAisを行ったり来たり、という感じである。B(シ♭)ではなくて、Ais(ラ#)というのがポイントです。ギターのチョーキングのように上がる。
  • (回答) 赤ちゃんは根本的に関係ありません。後述します。

 

  • (質問)「Cドライブ」と同じような話と感じた。さほどたいした理由ではない、というのはどの業界にもある気がする。
  • (回答) 面白いご意見ありがとうございます。まさにドライブの話と似ていると思いました。今となってはさほどたいした理由はないのも同じです。

 

  • (質問) 赤ちゃんが生まれた時の最初の鳴き声が人種性別に関わらずラだから、始まりの音としてAが割り当てらてチューニングもAが基準なんじゃないの?そう思ってた。http://blog.livedoor.jp/yanaseclinic-sawada/archives/32596751.html
  • (回答) これが日本全土を広く覆っている誤解のようです。これはあり得ません。なぜならこの記事に扱っている時代は11世紀よりも前のことで、音叉が発明されたのは17世紀、周波数Hzを制定した Hermann von Helmholtz は19世紀の生まれですから、Aを周波数的に指定した時代は、この記事の時代よりも700年以上も後なんです!時代が全く異なります。現代人は過去の歴史を調べずに、今私たちが使っているシステムが、過去にも当然あったと考えてしまいます。気持ちはわかりますが、これは歴史学的には間違えです。しっかりと調べましょう!

 

  • (質問) チューニングにAを使うからではないか?
  • (質問) これも多い意見でした。では、いつからAでチューニングをしているのでしょうか?なぜAでチューニングをすることになったのでしょうか?そしてなぜ現在のCの場所をAにしなかったのでしょうか?このアイデアも、歴史的な視点が全く含まれない、現代の固定観念だけで思いついたものに過ぎないということがわかると思います。

この記事で皆さんにお伝えしたかったのは以下の3つです。

  1. 調べずに思いつきで発言する音楽家に惑わされずに、しっかりと調べて真実を知ること。
  2. 現代と同じシステムが過去にあったと考えるのは現代人の悪いクセ。
  3. 細々したことは、音楽には何の関係もない!!!こんなことを調べる暇があったら、練習すること!!

では以下はメイン記事です。まだ読まれていない方は以下からどうぞ。


今回は音名「Note」についてです。音には名前がついています。その「名前」が今回のテーマです。今回のお話は歴史的な問題であり、音楽上はあまり意味がありませんが、興味深いので是非ご覧ください!


今私たちが音楽の時間に最初に習うのは、ピアノの白鍵をCから次のCまで演奏する「Cメジャースケール」です。これが全ての基本となっています。

にもかかわらず、アルファベットの最初の文字「A」ではなくアルファベットの三番目「C」がこのスケールを表すために使われています。一体何故でしょうか?一番基準になる音にはアルファベットの最初の音「A」を割り当てるのが自然でしょう。

その前に音名についてもう一度確認しましょう。我々は音を表すために「A,B,C,D,E,F,G」の7つのアルファベットを使います。「G」の次はまた先頭に戻って「A」になりますね。7つのアルファベットが繰り返し使われて音を表しているわけです。

この繰り返し表れる7つのアルファベットの先頭は当然「A」ですね。アルファベットは「A」からスタートするからです。にもかかわらずこの「A」は「ラ」につけられました。その結果、「A」から次の「A」まで白鍵を演奏すると「Aマイナースケール」になります。

この「Aマイナースケール」は「Cメジャースケール」と同じくらいの重要性を持っていますが、現在においては「Cメジャースケール」のほうが圧倒的に重要だといえますから、現代の視点から考えてみるとアルファベットの最初の文字である「A」を「Aマイナースケール」のために使うのは不自然だと感じられるでしょう。

ではこれは次のようなことを意味しているのでしょうか。つまり「過去においてはマイナースケールのほうが重要であった期間が長かった」ということを意味しているのでしょうか。

調べてみると問題はどうやらそんなにシンプルではないようです。


1英和

さて、上の図を見みてください。ピアノの鍵盤に名前をふりました。英語式では音名は「C,D,E…」とアルファベットで表され、日本語式では「ハ、ニ、ホ…」と「いろは歌」の音で表されています。

現代においてはほとんどの場合、英語式が使われます。特にジャズ・ポップスの領域では英語式です。また、特殊な事情がないかぎり、ほとんどの文献は英語で書かれているので英語式進めさせていただきます。


2くりかえし

英語式で音を記す場合、上の図をみるとよくわかりますが、A〜Gのアルファベットが繰り返し使われています。今の私たちは、この繰り返し=「オクターブ」を自然に受け入れていますが、実は長い歴史をかけて形成されました。


3ラテン

Wikipediaを参照します。http://en.wikipedia.org/wiki/Note
全文ではありませんが、私が翻訳したものはこちらにあります。http://neralt.com/whyc/

時代は6世紀に遡ります。ローマの哲学者ボエティウスは、はじめて音を「文字を使って」表した人物として知られます。彼は上記のように、「A」から順番に「O」までのラテン文字を、音につけることにしました。

つまり、この時代に「音」はA〜Gの繰り返しで表されていたのではなく、単に順番にA〜Oのラテン文字が付けられていたのです。しかも、今の私たちが知っているように、上下に無限に広がる音の空間はなく、2オクターブしか想定されていませんでした。

ローマ時代の音の概念は、私たちが今考えている音の概念とはかなり異なっていたのです。


さらに音名にまつわるエピソードは複雑です。

今私は「ボエティウスがはじめて音に文字で名前をつけた人物だと考えられている」といいましたが、実際にはほとんどボエティウスである可能性はゼロに近いといわれています。

まず、何故ボエティウスだと考えられているかというと、現存するはっきりとした資料がボエティウスの「De institutione musica」くらいしかないため、仕方なくボエティウスの名を冠することになっているのです。1500年も前のことは正確にはわかりません。資料がほとんどないか、もしくは現存する資料も写本であり、本当にそれが6世紀からあるかどうかはわからないのです。(専門の方、間違っていたら教えてください。)

そもそもボエティウスも、古代ギリシャの音楽を誤って認識しています。ギリシャの旋法を真似するつもりが、間違えて名前をつけてしまい、古代ギリシャにおける旋法の名前と古代ローマの旋法には相違がうまれてしまいました。つまり、古代ローマと古代ギリシャでは、音の考え方がかなり異なるのです。地続きにはなっていません。

さらにいうと、古代ギリシャの音楽はほとんど何もわかっていません。楽譜も何枚かはありますが、再現できるようなものではありません。ギリシアの音楽理論だと思われているものも、ギリシャ時代に書かれた者ではなく、ほとんどヘレニズム時代に書かれていますから(古代ギリシャの全盛期は終わって、マケドニアが力をつけた以降のことですね。)古代ギリシャの音楽理論だと考えられているものも、かなり疑わしいのです。

つまり何がいいたいかというと、実際には音名がいつ、どういう経緯でついたか、ということは正確にはわかりません。さしあたって我々が分かる範囲ではボエティウスが使っていたようだ、ということしかいえないのです。


4くりかえし

さて、そのうちに(いつかは正確にはわかりませんごめんなさい)A〜Oまであった文字が整理され、A〜Gとa〜gとaa〜ggが使われるようになりました。つまり、どうやらオクターブという概念が認識されはじめたようです。

とはいえ、無限に上下に音階が広がっているわけではありません。あくまで3オクターブです。しかも、どうやら現実的には3オクターブも認識されていませんでした。


 

wikiより引用

ではここで「ドレミファソラシド」の元となった賛歌の楽譜を見てみましょう。(これは現代の記譜方に直されたものです)少し話はそれますが、実はドレミファソラシドという呼び方は、この賛美歌の「小節頭の音に与えられた歌詞」から引用されています。

つまり以下の6文字です。

  • Ut
  • Re
  • Mi
  • Fa
  • So
  • La

この時代にはまだ「Do」ではなく「Ut」が使われていました。それから「Si」もありません。16世紀に「Ut」が「Do」に変更され、17世紀に「Si」が追加されました。この話は音名とは別の話なので、また説明したいと思います。ここでは「グイード」という天才的な音楽理論家が関わってきます。

さて話を戻して、下の動画が、これを実際に演奏したものです。聞いてみてください。


5グイード

さて、ここで使われていた音に色を付けてみました。たった6音しか使われていません。

これは11世紀ごろの作品と考えられていますが、実際には3オクターブもの広い音域は使用せず、このような狭い音域しか声楽では使わいません。

ということは、3オクターブのような広い音域の概念は、実際上の音楽のために考えられたというよりは、理論のために考えられた理論であって、現場の人間にはあまり関係のない壮大な絵空事だったと考えるのが自然ではないでしょうか。

賛美歌を歌う現場の修道士にとって大事なことは、最初の音を歌い始め、そして正確な音程で音を上げ、下げ、最後の一音まで歌いきることだったでしょう。3オクターブもの空想上の音階なんて、関係ないことだったに違いありません。

そしてこのことが、恐らく、何故現代の「A」の音が「A」になったのか、ということと関連します。


この歌は「D」から始まりますね。(最初の「C」はとても短く、ほとんど音楽的な重要性はありません)そしてあがったり、さがったりしながら、一番下がった音は「C」です。一番上がった音は「a」ですね。

何がいいたいかというと、「A」は別に重要ではないのです。何故音名がアルファベットの「A」から始まるのか、という疑問に対して『古代においては「A」が重要な音であったため、つまり短調が重要であったため、短調の最初の音に「A」をつけたのだ』という人がいますが、これは間違えです。何故なら、古代ローマの音楽において、一番重要で人気があったのは「D」の音だからです。Dから始まってDで終わる。これが当時のポピュラーなスタイルであって、今で言うAマイナーキーに該当する旋法は存在しません。

そしてもう一つ、「A」が最初の音なのは恐らく、よく使われる範囲の音で一番低い音が「A」だったから、という偶然の結果なのです。

この曲では、一番低い音が「C」ですが、「A」まで下がる曲がたくさんあります。これはヒポドリアといわれる旋法に分類される曲です。そのため、よく使う音の一番下のものが「現代でいうところのA」だったというだけなのではないでしょうか。


つまり何故「A」から音階が始まるのかという謎にたいする、有力な答えは『歌うときによく使う音の集合の一番下の音に、「A」とつけたから。ただそれだけ。』ということになります。


1英和

さて、私なりの結論をまとめます。

  • 6世紀には、音に文字(当時はラテン文字)をつけて呼ぶ方式が確認できる。
  • そしてこれらは全ての音に名前をつけたというよりは、賛美歌でよく使う範囲の音に名前をつけただけである。現代のように無限に繰り返されるオクターブの概念は薄かった。
  • 10世紀の賛美歌(グレゴリオ聖歌)で使われていた人気のスタイルは、Dから始まってDで終わるものでいわゆるドリア旋法であって、Aから始まる現代でいうところのAマイナーキーの音楽はなかったか、もしくは人気がなかった。
  • Dから始まるスタイルの音楽(ドリア旋法)で、音が下降していく際、せいぜい3音しか下がらなかった。
  • その「せいぜい3音下の音」から順番にA、B、Cと文字を割り振ったために、現代の「A」が「A」となった。

本日は以上です。
ではまた!!

この投稿は役に立ちましたか? 役に立った 役に立たなかった 140 人中 128 人がこの 投稿 は役に立ったと言っています。

2 comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

以下の数式は「スパム対策」です。空欄に正しい数字をいれてください。お手数をおかけします。 * Time limit is exhausted. Please reload the CAPTCHA.