ネオリーマンセオリーのガイドブック


ネオリーマンセオリー(以下NRT)とは

ネオ・リーマンセオリーとは、機能和声による分析が難解な音楽をスムーズに理解するために、1980年代以降、主にアメリカで研究されている分析のためのセオリーです。以下NRTと略記します。

NRTの得意とする対象について

NRTは機能和声で分析することがむずかしい楽曲を分析することに長けている、と申し上げましたが、具体的にはいったいどのような対象でしょうか。

それは、コード進行にノンダイアトニックなコードが多く現れる音楽です。具体的にはベートーベンやショパンといったロマン派の楽曲の一部、ブラームスやワーグナーといった19世紀の音楽家、それからサティやラヴェルといった20世紀前半の作曲家の音楽。加えて、本サイトのメインの読者の方にとって関心が高いであろう、20世紀以降のビートルズなどのPop Rock、それからジャズなども含まれます。つまり、かなり広範囲にわたっています。

こういった音楽には、半音階が多用され、コードはキーとの結びつきが弱く、ぼんやりとしていて、しかし決して無調ではありません。このような音楽がNRTの得意とする対象です。実際のところ、機能和声で分析するのが難しい音楽というのは、かなりあるといっていいでしょう。(しかしだからといって機能和声や音楽理論が不完全・価値がないということはできないと思います。機能和声はかなりの部分を説明し、体系化できてているからです。)

機能和声とは

さて話を戻します。「機能和声」で分析することが難しいと何度も繰り返してきました。しかし「機能和声」という用語に馴染みのない方もいらっしゃると思います。ですので、まず「機能和声」がいったいどのようなものなのか説明します。

上記の曲は、バッハの平均律クラヴィーア曲集の中のBWV846ですが、これにコードシンボルあてるとすれば以下のようになります。

  • C→Dm7→G7→C→Am7…

そしてこれらのコードを、キーと関連付けて考えることができます。ポイントはキーと関連づけるということです。この曲はKey:Cなので上記のコードは以下のように、分析することができます。

  • Ⅰ→Ⅱm7→Ⅴ7→Ⅰ→Ⅵm7
  • もしくは、Ⅰ→ⅱ→Ⅴ7→Ⅰ→ⅵ  (こちらの表記に慣れている方もいらっしゃるかもしれません。)

上記の記号は、ある「コード」が「メジャースケールの何番目と関連づけられているか」ということを示しているわけです。ローマ数字のⅠは、最初のコード(C)がメジャースケールの1番目と関連づけられるコードであることを示しています。Ⅱm7はDm7がメジャースケールの2番目と関連づけられるコードであることを示しています。

つまり機能和声による分析においては「各コードが、キーとどのように結びついているのか」という観点でコードを分類をしているわけです。そして多くの音楽はこの分類によって構造が明らかになります。

機能和声で分析しにくい音楽

しかし、例えば以下はブラームスの楽曲の一部ですが、これを機能和声で分析しようとすると、かなり難解です。この箇所のキーはなんだと思いますか?キーを仮定することができるかもしれませんが、先ほどのBachと比べるとかなり難しいですよね。

つまり、ブラームスの以下の曲は、各コードを特定のキーと結びつけ考えるのが非常に難しい楽曲といえるでしょう。そして機能和声で分析することが難しい音楽が実際にはかなり多くあります。

Masters Theses ,Essential Neo-Riemannian Theory for Today ' s Musician

Masters Theses ,”Essential Neo-Riemannian Theory for Today Musician”/Fig3/大元はRichard Cohn”Neo-Riemannian Operations, Parsimonious Trichords, and Their “Tonnetz” Representations”

NRTで考えるとどうなるか

Essential Neo-Riemannian Theory for Today ' s Musician

Essential Neo-Riemannian Theory for Today ‘ s Musician

ではブラームスのこの曲をNRTで考えてみるとどうなるでしょうか。これは以下のようにシンプルな変形としてみなすことができます。

  • P変形→L変形→P変形→L変形…(変形が一体なんなのかは追って説明しますが、まずは上の図をご覧ください。)

P変形とL変形という「たった2つの要素」で、機能和声では分析が難解になってしまうコード進行を、とらえることができました。このシンプルさがNRTの強みです。(ただ万能ではありません。この箇所がNRTが注目する特徴的な動きである、というだけです。逆に機能和声で説明できる範囲を、NRTで分析しようとすると問題が発生します。NRTが何に注目しているかは、これから説明していきます。)

NRT がなぜブラームスをシンプルに説明できたか

これは私の考えですが、音楽を分析するツールは、音楽の中で働いているエネルギーの種類に合わせて選択すべきですし、働いているエネルギーの種類に適していない分析するツールを選択すると、かなり強引な意味づけをしなくてはならなくなります。

つまりブラームスの課題曲のコード進行は、キーと関連付かない形のエネルギーによって進んでいるために、機能和声(キーとの関連によって分析するツール)で分析することに困難さがあるのだ、と私は考えています。そしてここで働いているエネルギーはNRTが注目する種類のものであるために、NRTがうまく処理をすることができるのだ、といえます。

物理に例えてみましょう

物理にたとえてみましょう。

坂を転げ落ちるボールを想像してください。この時私たちは、ニュートン力学を使ってこの動きを分析しようとしますね。つまり「加速度」と「力」と「質量」の3つの要素によって運動を分析します。

では次に、沸騰したポットを想像してください。ここでは熱力学を使うことになるでしょう。熱量、熱容量、比熱といった要素で分析することになります。

そして、転げ落ちるボールを熱力学で分析することも、沸騰するポットをニュートン力学で分析することも、非常に困難だといえます。これと同じことが音楽の分析にも言えるのではないでしょうか? (私は物理学の専門家ではなく音楽の専門家なので、物理に関して少しくらい間違えていても、目をつぶってください。)

私がいいたいことはこういうことです。世界でおきている現象を物理学で分析する場合、現象によって適切なツールが変わるように、音楽の世界でおきている現象を分析する場合にも、現象によって適切なツールが変わるのではないか。

つまり機能和声には機能和声の、NRTにはNRTの対象となる現象が、それぞれあるのではないでしょうか?

NRTの分析の観点

ではNRTはどのような観点から、どのような対象を分析しようとしているのでしょうか。踏み込んでいきましょう。

http://trace.tennessee.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=2692&context=utk_gradthes

http://trace.tennessee.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=2692&context=utk_gradthes

先ほどの図に再度登場してもらいます。「P」「R」「L」という3つの変形について示されています。

変形(Transformation)というのは、つまり、コードに対しておこなうある種の操作(Operation)です。あるコードに対してP変形という操作をすると、別のコードになるということです。例えば上の図の1つ目の例でいうと、CメジャートライアドにP変形をおこなうとCmになる、ということです。そしてCmにもう一度P変形をおこなうとCメジャートライアドに戻ります。(つまりこの変形は、可逆的です。メジャーコードにある変形操作をおこうとマイナーコードになり、そしてそのマイナーコードに同じ変形操作をおこなうと、元のメジャーコードに戻ります。)

変形とその操作について一覧をつくりました。

変形 元がメジャートライアド 元がマイナートライアド
P変形 メジャートライアドの3度を半音下げる例:C→Cm マイナートライアドの3度を半音上げる例:Cm→C
R変形 メジャートライアドの5度を全音上げる例:C→Am マイナートライアドの1度を全音下げる例:Am→C
L変形  メジャートライアドの1度を半音下げる例:C→Em マイナートライアドの5度を半音上げるEm→C

まずは頭の中で、一つずつの変形を行ってみてください。

それからこのサイトでチェックとテストを行ってみてください。ヒント欄に解説を書いたので、いつでも確認できます。

http://mooc-music.com/courses/neo-riemannian-theory-guide

また以下のページでは、各変形を行うと、どのコードになるのかを、クリックひとつで確認できます。

http://neralt.com/neoriemann/

Tonnezt(英:tone – network)の使用

スクリーンショット 2015-02-22 19.02.23

上記の図は、「3つの変形」を「tonnetzと呼ばれる図」上に示したものです。

スクリーンショット 2015-02-22 19.02.36

「a」をみてください。2つの三角形があります。黄色く塗りつぶされた三角系と、塗りつぶされていない三角形です。

  • 塗りつぶされた三角形 G(G B D)
  • 塗りつぶされていない三角形 Gb(G Bb D)

そして「P」は「P変形」のことを表しています。

つまりGの三角形から、Gmへの三角形への変化が「P変形」だということです。また、この変形はG-Dという辺を共有しています。つまりGからGmへの変形は、GとDの音は変化しないが、BからBbという変化だけが行われているということを示しています。

同様に「b」はR変形を「c」はL変形を示しています。

どの音が共有されて、どの音が変化しているかよく注目してください。

一つの辺を共有した三角形から三角形へ、パタパタとひっくり返るように変形していくわけですね。

ブラームスをNRT変形で分析する

Masters Theses ,Essential Neo-Riemannian Theory for Today ' s Musician

Masters Theses ,Essential Neo-Riemannian Theory for Today’s Musician

では最初にあつかったブラームスの楽曲をこの変形で見ていきましょう。すると以下のようになります。
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緑の矢印が「P」、オレンジの矢印が「L」を示しています。また赤い三角形はメジャートライアド、青い三角形はマイナートライアドです。

つまりこのブラームスの課題は、綺麗にPとLを繰り返しながら、メジャートライアドとマイナートライアドを行き来しながら進むコード進行である、ということが図示することで明確になっています。

NRTは何に注目しているのか

スクリーンショット 2015-02-22 19.51.04

 

スクリーンショット 2015-02-22 19.02.23

NRTにおける基礎的な変形と、その運用を示しましたので、そろそろNRTが何に着目しているのかという、理論的な側面を説明します。

NRTが着目しているのは「Voice leading = 声部進行」の「円滑さ」です。この円滑さをNRTでは“parsimonious” voice leading と呼んでいます。“parsimonious”というのは、節約とか貧乏性なという意味で、つまり最低限の動きでコードとコードがつながる性質を示しています。

例えばCからCmへはPの変形で移行することができますが、この2つのコードは2音を共有しており(CとG)、E→Ebというたった半音の動きだけで実現されます。つまり声部進行が非常に円滑です。その円滑さゆえに、コードとコードがつなっているのだ、ととらえます。

つまりNRTが着目しているのは声部進行の円滑さであって、機能和声的なキーとの関連は考慮していません。これにより機能和声の観点からは見えてこなかった「声部進行の円滑さ」 という要素にクローズアップしているわけです。

なぜNRTが必要なのか

以下のような記述があります。私もこの意見に賛成です。要約すれば、古典和声ではカバーできない音楽が現代には多くあるのだから、それにキャッチアップできるような視点を持つ必要がある、ということです。


 

Music is constantly evolving. As music changes, music theory must evolve to define and catalog each adaptation with accuracy.

音楽は絶えず進化しています。そして、音楽の変化にあわせて、音楽理論も発展しなくてはいけません。新しく生まれた要素を正確に定義し分類する必要があるのです。

To produce responsible theorists and musicians in general, the pedagogy and curriculum must be constantly updated to reflect the changes made in music.

信頼に足る理論家と音楽家を育てるために、音楽教育とその教育課程を常に更新し、音楽の変化を反映させていく必要があります。

While the traditional written tonal music theory curriculum, including aspects of harmony, counterpoint, part writing, form, etc., is indispensable, the well rounded musician cannot limit himself/herself to these practices alone.

伝統的な音楽理論には、和声や対位法や声部書法といったものが含まれますが、これらはもちろん教育に不可欠な要素です。だからといって、円熟した音楽家はこれらの技法にだけ縛られる必要はないでしょう。

With this in mind, many music theory curricula include twentieth century analytical techniques in the last semester of undergraduate study.

ですから、前期のカリキュラムに20世紀の音楽分析の手法を取り入れました。

This semester generally covers topics such as pitch class analysis, twelve tone methodology, and aleatoric music.

今期は大まかにピッチクラス分析や12音技法や偶然性の音楽をとりあげます。

Generally, textbooks covering twentieth century analysis do not dedicate substantial time to new theories of tonal analysis, such as neo Riemannian theory (NRT).2

しかし一般的にいって20世紀の分析技法をカバーしている教科書も、十分な時間を20世紀以降の新しい音楽理論に割いているとはいえません。例えばネオリーマンセオリーなどについてです。

The introduction of neo Riemannian theory to an undergraduate curriculum following a basic study of pitch class analysis will offer reinforcement to concepts learned and will introduce another explanatory system into each musician’s supply of analytical tools. Therefore, the purpose of this text is two-fold.

ネオリーマンセオリーを学部生のカリキュラムにおいて紹介することで、もちろんピッチクラス分析を終えた後にですが、習ったこと(ピッチクラス) を補強し、新たな分析システムを提供したいと考えています。これには二つの目的があります。

First, this supplement (to a standard theory sequence text) will introduce basic NRT (also referred to as transformational theory, of which it is a faction) to the undergraduate curriculum, reinforcing concepts already learned in a twentieth century theoretical techniques course.

1つめは、すでに学習した20世紀の分析手法をより確実なものにする補助的な要素として、NRTを紹介します。

Second, this text is meant to be a useful analytical tool for undergraduate students studying music of the Neo-Romantic, Minimalist, and Pop-Rock genres, which have largely diatonic, yet not classically-functioning, progressions.3

2つめは、NRTを新ロマン主義やミニマリスト、ポップロックといった、ほとんどダイアトニックだが、しかし古典的な機能和声では分類できないコード進行をもつ音楽を分析するための、有効な方法として紹介します。

Laura Felicity Mason,”Essential Neo-Riemannian Theory for Today ‘ s Musician”


 

 NRT研究の今後の展望

今回は、NRTの特徴、基本的な分析ツールとその運用について紹介してきました。今後は、このツールを使った実際の楽曲の分析をどんどん紹介していきたいと思います。

ではまた!

 

 

 

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